よく「シネマ見ストさん、そんなに(映画)見ておられて、一番の作品はなんですか?」と聞かれます。私は迷わず、「なんといってもトイ・ストーリー2ですね。それから、ベイブ都会へ行く。これも美しく完璧な作品です。」と答えます。次の瞬間、聞いた人はサァーと引いて行きます。どうやらもっとマニアックな作品、あるいは有名俳優が出てきてどうだぁ〜的感動巨編を望んでおられるようです。呆気に取られた聞き手に追い打ちをかけるべく、「僕らが大人になっていく課程で、意識的にあるいは無意識的に捨ててきた自分のエッセンスに気づかせてくれるお話です。童話を大人になってまた読みたくなるのと同じように、この作品は時々見て、昔の自分のイマジネーションを復習するんです。」と続けま  そんな気持ちにさせてくれたくれたブルース・ウィリスの「キッド」もよかったけど、やっぱまぁまぁだった。今年見た「アメリ」は俳優がやってて、はじめてそんな感覚を持たせる作品に出会えたカンジがする。素晴らしい出来だった。  長い前置きで、すいません。いよいよ本題。 まぁディズニーが作るものはすべて、はじめから善と悪に分けられてて、途中で裏切ったりしない。目つきの悪い善は、存在しない。タコ、蜘蛛など足の多い類は悪の象徴なので、善はない。結論:ゆえに社長とライバル・トカゲモンスターのランドールは、悪人だという事が証明されるわけだ。という設定をオープニングで理解してしまえば、後半「やっぱりな!」となるのである。  サリーもマイクもショップで売ってるフィギアを見ると気色悪いけど、スクリーンの中では、愛らしくカッコいい。いよいよこれから仕事にかかるぞと、奥から集団でこちらに歩いてくる様は、後ろからの光を浴びて、アルマゲドンのパクリではないか!でも、滅茶苦茶なシルエットが、やけに素敵なのだ。  サリーはスターだが、マイクは毎日のレポートに追われ、周りの数字も気になる。受付嬢に恋する、まずいことには関わりたくないと、典型的オーディナリーピーポーを演じる。端役で出たCMにもうれしくて、大騒ぎする。会社の経営不振から、工場閉鎖の憂き目に遭うが、自分を責めず境遇を嘆く。なんとも今時サラリーマン的発想だろう。この辺のキャラクター設定がしっかり出来ているから、単なる子供用モンスターアニメで終わらない。  ドラえもんのどこでもドアも21世紀にはこうなるのよと無数のドアが出現する。それを全部ストックしている巨大なストック・ヤード自体は21世紀的でないが、ディズニーランドの次なるアトラクションのヒントが隠されているような映像だ。子供にブーって名前は付けないだろうと思いつつも、可愛くない顔も名前もサリーとマイクとジェットコースターに乗りながら、一緒に助けに行っている自分に気づく。可愛いから助けたいじゃなくて、もっともっと深いところからそう思える作りは、相変わらず流石だ。(この件は、「千と千尋の神隠し」でも述べてます。興味のある方はクリック!)  恐怖のパワーより笑いのパワーの方が、圧倒的にエネルギーが勝るとは、言い尽くされたネタではあるものの、ハッピーエンドで愉快愉快。音楽もワクワクするようなビッグ・バンドの演奏で、愉快愉快。  「シュレック」を見て驚いたのは、草原をキャラが歩くとき、風が吹くとき、それぞれ表情豊かに草が揺れていたこと。CGは、美しい、奥行きがある、滑らかに動くだけの時代はすでに終わり、表現力(演技力)無くしては語れない時期にきたようだ。今作品では、サリーの毛並みが、風だけじゃなく気持ちにも呼応して表情豊かだった。我々大人が喜ぶ作品のように書いてきたが、子供の頃から解りやすくちょっとデフォルメされた映像を見せられて育った子供は、どんな創造力を持ち得るのだろう?  さんざん広い工場内を走り回ったブーは、自分の部屋に戻される。その時の部屋の広さには驚きである。子供の頃無性に大きかったと感じた部屋が、そこにあった。ブーのスケールで部屋が表現されていた。エンディングに向けて、芸の細やかさを感じる。子供から見た部屋の大きさとクローゼットなどの薄暗い部分の質感は、宮崎駿氏の作品からインスパイアされたものだろう。  ただ一つわからなかった事は、ロズがいい奴だったこと。ジュボーダンの獣でも、最後にエェッという展開で隠密(この表現は古すぎ?!)が出てきて、一件落着だったけど、むこうは、モニカ・ベルッチだもの。キャスティング、違いすぎ!!

4.0