旅のお供のマイチャリ。
旅の始まりは広瀬橋。日本初の鉄筋コンクリート橋という表示も掲げられてる若林区河原町と太白区長町にかかる橋だ。
江戸時代にはすぐとなりの上流に長町橋と呼ばれる橋が架けられていて、ここが仙台の城下町との境界だった。
だから、NHK仙台放送局の情報番組「てれまさむね」の中で2014年10月から1年半にかけて作ってもらった「てれまさんぽ」という仙台市の城下町のポテンシャルと知ってるようで知らない仙台のトリビアを紐解くコーナーの中で、木村浩二氏から「ここ(河原町)までが、ご城下。その先は、城下町の地図には載っていない」といわれ、子どもも頃から西多賀地区に住んでいた僕は「こごいらは、ザイゴだから、お前らみんなザイゴ太郎だ!」と、見知らぬおんちゃんなどから、よくわからない誹りを受けたものだったが、そういうことかと納得したものだった。
このあたりで行われた花火大会は、高い建物が無かった約50年くらい前には、ザイゴ太郎な僕らの家からでもスイカを食べながら見ることができたのだから、ザイゴながら優雅な時間だった。
頭から、話が脱線というか、蛇行してしまった。
河原に降りた直後。宮沢橋方面(上流)を臨む。っって、そんなすごいもんじゃないけど
すぐ左(と、言っても10mは離れているか)には川が流れているのだが、背の高い草がそれをすっかり隠している。新幹線や在来線、貨物線などが作り出す影を楽しみつつのんびりチャリで進むとじゃぶじゃぶ池に到着。水遊びが楽しめる場所に着いた。本来なら足を水につけて涼を楽しむところだろうが、ここも水が少なく、本日は開店休業状態だ。もうちょっと水があって、こんなに暑くなければ、子供達のキャッキャッとした歓声が響いていることだろう。
公園遊具などもあるが、ジブリの世界の如く、人が使うのをやめると自然に喰われたかのようなギッタンバッコン(シーソー)に出会う。とっさにギッタンバッコンと思いついたが、今時、シーソーをそんな風に呼ぶ人はいるのだろうか?などと思い、一人でクスクス笑いながらチャリを進める。
こういう廃墟と自然の侵略を見てジブリ的と思うのは、想像力の貧困みたいだけど、多分伝わり易いはず…だよね。
右手には大きな軍艦のような八本松マンションが姿をあらわす。車道を車で走っていても長いが、チャリでかわすには、さらに長い。中学生の頃、叔母の整髪店に行く際、まるで戦艦のようだと思いながらバスで見たマンション。15階建で428戸が入れるそうだ。周りに誰もいないのをいいことにチャリ漕ぎながら数えて見たが、これが難しい。何度かチャレンジしたが、うまく行かず、チャリを止めて数えようとしたが、主旨がちがうことに気づき、あきらめた。上記の数字はネットから引用。
そして、八本松小学校に連なる堤防の道。これで、向こうからジョギングする金髪の若い女性が走ってきたら、金八先生のオープニングじゃんと思える風景だ。目的地に向かって走っているわけでもなく、一人で行くのは、今の時代だと孤独だと思われるのかもしれないけど、結構これが楽しい。自分のペースだけで進めるから、ほんと気軽だ!。笑
おお、ここからでも、仙台大観音見えるんだと驚く。やはり、デカイ。観音様の歩幅だとここまで、何歩で来られるのだろうかと思いながら、孫悟空があんなにキントンに乗って遠く行っても観音様の手の中だったことを考えると、「ハイ、どうぞ」と言った瞬間にクルッと回るかの如く、ここにいるのでは!という新たな興味がわいたが、これも主旨が違うので却下。先を目指す。
あーぁ、いい気分!なんだ、このキャプションは!
広瀬川飯田緑地というグランドのような広域避難場所があった。
普段頭上にあるはずのあるものがない。それだけで、なんと空が広いのだろう。
そのあるものとは、そう電線。たかだか数本の線が頭上に線を引いているだけなのだが、それがないだけで、まるでホールケーキを好きに食べていいよと言われた少年時代の感動的なシーンを彷彿させるのだから凄まじい。
本当に河原と思わせるほど立派な木が茂っているが、鬱蒼としているわけでもないので、蝉の声がやかましくない。さらに鳥たちもウグイスとか、鶯とか、ウグイスとか…。いろいろ鳴いているけど、ウグイスしかわからない悲しさよ。もうちょっと、野の花や野鳥のさえずりから名前を言えるようになりたいものだ。
そうだ、椎名誠氏の「岳物語」だったかなぁ、「散歩中のエピソードとして、彼女は花の名前が言えて、〇〇が咲いたから、夏が近いですねとか言えるが、俺(椎名氏)は、セミだのカブトムシだのの名前しか言えない。アブラゼミが鳴いているから夏真っ盛りですね。と言っても、そこに教養のかけらは微塵もない。」と書いていた。そうだ、そうだとあの時思ったけど、結局のところ、そのままのほほーんと生きてきたなぁと反省する。
国土交通省の建物がある。それらを見ながら、さらに進んで行くと、道が急に右に曲がり出した。
おお、これは!と、色めき立つスタッフ!と一人なのに意味不明の実況アナウンスをしつつ、このカーブ〜のGを楽しむ。って、そんなスピードに、そんな急カーブかと一人ツッコミを入れ、なにをやってんだかわからなくなりつつ楽しい。
おお、これは!と、色めき立つスタッフ!と一人なのに意味不明の実況アナウンスをしつつ、このカーブ〜のGを楽しむ。って、そんなスピードに、そんな急カーブかと一人ツッコミを入れ、なにをやってんだかわからなくなりつつ楽しい。
おお、これ名取川、名取川だよねとリフレインが叫んでいる。
うん、きっと名取川だよね。
あぁ、まて、そー言えば笊川もあったなぁ。
それだったりする?と不安になったりする。
そしてあたりをキョロキョロするとこんなのがあった。
今回、近場だと思って、あるいは、へへん大丈夫、この辺り地の利あるから、いざという時はスマホあるじゃんとタカを括っていた。
ということで、はじめて地図忘れを嘆きつつ、スマホからマップを見ようとして、広瀬川と検索したら、広瀬川のHPが見つかった。
クリックして見ると、今来た道がモデルコースとなってあるではないか!そして、ここが笊川で、この水門そばには調整池とあるので、大雨が降った後、名取川が増水した時などはここで貯めて調整しつつ流すんだと想像できた。
あ〜、子供の頃魚獲った笊川は今はこんな状態なんだ。とむしろ、それにびっくり。
いや、違う違う今日の目的は、広瀬川のしっぽを探す旅だ!と名取川の下流域を見るが草木のせいで見えない。
そこで、水門のところまで登って見てみることに。
川の先、右に大きく曲がっている。いや、左からの流れと合流して、右に進路を変えたようだ。
ということは、写真で見える川の左上端が、夢にまで見た(いつだ!)名取川と広瀬川、
もとい広瀬川と名取川の合流点ではないか!
背伸びをしたところでしっかり〜見えない。
これまで通った道からは、入っていけそうもない藪となっている。
あーこういう時、ドローンがあるといいなと思いつつ、これ以上の捜索はやめにする。
急に見つけた笊川の調整池とやらを見に行く。
大雨の時など一時的に水を貯める池は、亀やら大きな鳥らが休んでいたが、僕に気づき、慌てて逃げ去った。遅れて、背中が真っ青な、そう蝶々のオオムラサキみたいな背中をした鳥が二羽飛んで行った。
なんでもない時は、動物たちの桃源郷なのだと思った。
もうちょっと名取川の上流を目指し走って見たが、川が残した肥沃な大地には大規模な農園が続くばかり。
踵を返して、さっき見つけたモデルコースに沿って進むことにした。
ちなみに発見した広瀬川ホームページ http://www.hirosegawa-net.com/
本日のコース
00分 広瀬橋横から河原に降りて出発
10分じゃぶじゃぶ池(5分)
25分 千代大橋通過
40分 笊川の水門 広瀬川のしっぽらしきところをなんとなく確認する
名取川の上流に向かう(畑だらけで川が見えないので戻る)
60分 再び笊川のすいもんに戻る 笊川の調整池を見る
67分 高い堤防伝いに走り始める
80分 出発待ちのバスを発見 バス停を確認する。飯田団地と判明。
90分 千代大橋を渡る 反対側を北上
100分 旅立稲荷神社参拝
115分 広瀬橋到着 約2時間の行程でした。走行距離13.1km
仙台の摩天楼をアーチの中に詰め合わせてみた!
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