全国で豪雨や台風の影響が出て改めて自分の生活圏にある川の存在を再認識しなければと感じた。
現在、我が家のそばに横たわる広瀬川は、大雨に遭うことも無く、水量が減り、澱んだ巨大な水溜り状態となっていて、「きっとぬるいんだよなぁ」を思わせる状態になっている。さらには、藻が大量に育ちまくり、時に優雅に進む鯉が方向転換する際にその藻に引っかかり、ちょっとサディスティックに藻をかき分け、ジャバジャバと波立つことがあるほどだ。
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宮沢橋付近から広瀬川下流を臨む
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宮沢橋が見える。上流側も流れを感じない状態。モネならもうちょっとましなコメントを言えるだろうが、凡人には「ここには入りたくない」としか思えない状態。

そもそも僕は、20代後半に出張で京都に行った時、静かな旅館に上司と宿泊した。
朝、昨夜すっかり川があったことを忘れて寝ていたのに、そのせせらぎというか瀬音が心地よい目覚まし時計となって
起こしてもらった。なんとも気持ちよい目覚めで、川のそばに住みたいものだと思っていた。
結婚して数年経た頃、家を買おうかとなった時、妻が見つけてきたのが現在の我が家。
僕の社会人になった時の人生の第1の師匠でもある宗さんことさとう宗幸氏の「青葉城恋唄」でも歌われる瀬音ゆかしき広瀬川の流れる岸辺であり、住所が小学生の頃のヒーロー林家三平氏が住んでいた町と同じ根岸という地名!ビビッときて、そこに住んでいる。
そうそう、堰切ってあるし、瀬音が聞こえる!と勝手に思い込んで、ちゃんと確認もせずに購入した。
思った以上に県道273号(仙台名取)線を走る車の音が大きくて、そんな風情は微塵も無かった。さらに、2つの堰があるけど、どちらも家から遠く、車のせいでなく、聞こえなかったことが判明。瀬音は、近くまで行って楽しむものだと考え方を変えたものだった。

おおっと、広瀬川だけに話が蛇行してしまった!。
さて、このあたり(宮沢橋)でさえ、この状況ではかなり下流は水が減っているのだろうなと思っていた時、
大先輩のヤマキさんから「この前、ミズトモさん家の近くからずっと広瀬川をバイクで走って行ったら、整備されていて驚いた。名取川の合流点まで行けるのね。」という話を聞かされた。
まちあるきのガイドツアーとかしていて「みなさんは、『仙台は、伊達政宗公が作った町』と思っているだろうけど、実はそのずーっと昔に広瀬川がこの城下町の基礎となる大地を削って作り上げたんだよ」と説明していた。
しかし、言われてみれば、城下町の広瀬川のことしかしってないや!ということに気付かされた。そこで、広瀬川舟下りならぬ、チャリ下りすることにした。
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ちなみにこの頃(7月27日)の愛宕橋から見た広瀬川。愛宕橋の先の堰のすぐ先にはあちこち陸地になっているのが見える。